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2009年11月28日 (土)

嫌いなもの

とある「嫌いなもの」のことを書こうとしたが、やめました。
ある人の文章を、思い出したから。

「嫌いなもののことを考えるのは、時間の無駄。人生を、嫌いなもののために使うのは、とてももったいないこと」といった趣旨のことでした。

まったくもって、その通り。

私が、つたないながらも音を紡いでいく過程では、「好きな音楽の響きに近づけたい」のと同時に、「嫌いなタイプの音楽になるのを避ける」力が働いています。
多分、それで良いのです。自分の行うことの上で、嫌いなものは、自分が避ければ良いだけのこと。それ以上、ガタガタ言うことではない。

私が嫌いなものでも、それが好きな人だって、いる筈。
そういう人は、私が、嫌いだ嫌いだ言うことで、傷ついたり、不愉快になることもあるだろう。
自分が好きだ、とか嫌いだ、ということを、正当化したり、正義だと思ったり、人もそうあるべきだというような思い上がりが、世の中を、どんどん住みにくくしているような気がする。
単なる好き嫌いの問題だ。えらそうなことを言うものではないし、人に押しつけてはいけない。

たとえば、「納豆嫌い」の人。
納豆を、「食べ物ではない」だの、「腐ってる」だの、「ばい菌の固まり」だの、言いたい放題言う人って、けっこういません?
本当に、どれだけ周りの納豆普通に食べる人を不愉快にしてるか、わからないのかな。
嫌いなら、自分が避ければ良いだけのこと。
自分が嫌いなものは、食べ物ではなくて、この世に存在すべきではない、なんてぇ主張は、自分がどれだけ人間的に未成熟かをまき散らしているだけで、本当に見苦しいと思います。

腐ってるのか、発酵なのか、とか、体に良い悪い、とか、臭いが迷惑とかいう問題ではなく、「それが好きで、ずっと食べている人々がいて、また、それを日々大事に作っている人々がいて、食物としての歴史が背景にあることを思いやれない想像力の欠如」が問題だ、と言っているわけですけどね。

同様の理由で、テレビとかでよく観る、バツゲームの「ゲテモノ食い」的なものも、本当に、どうかと思います。よそ様の国の食文化を、よくもまぁ、あんだけ悪し様に踏みにじれるものだと。

よく、フランス人とかで、「魚を生で食べるなんてぇのは、野蛮人のすることだ」とか言う奴がいるけど、ムカつきません? 同じ過ちは、したくないもんです。

好き嫌いは、ご自由に。私も、嫌いなもの、あります。

でも、食べ物に限った話ではなく、それを語ることって、時間の無駄だし、多くの場合、むしろ迷惑で恥ずかしいこと、と思うようにしました。

ただ・・・。

料理については、技術的な問題や、手抜きというのは、ちょっと別問題ですけどね。
一番嫌いなのが、栄養がどうこう言ってるわりに(いや、だからこそ、か)、味がダメな料理を出された時。ほんと、腹立つ。

・・・あ、なんか、嫌いなもののこと、考えはじめてしまった。このへんで、やめよう・・・。

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