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2011年3月17日 (木)

仙台の親戚が、生きてた。

実は、仙台に、うちのおじさんの奥さん・・・ようするにおばさんの実家があり、おばさんのおかあさまがお一人で住んでいた。(お父様は、昨年、亡くなられていたそうで。・・・ごめんなさい、知りませんでした)

昔は牡蠣の養殖とかをやっていらして、新鮮な牡蠣やムール貝(養殖してるのは牡蠣なのだけど、ムール貝は、かってに牡蠣にくっついて、いっしょに繁殖するらしい)を、よく送ってくださっていたのだけど。
新鮮で臭みのない、美味しい牡蠣の味を知ることが出来て、おかげで、小さいころは苦手だった牡蠣が、それ以来、大好物になった。

ムール貝の方は・・・当時、あまり見ない食材だったんで、「どう料理すればいい?」と、うちの母が聞いてみると、「うちの方じゃ、みそしるの具にしてるよ」っといわれ、その晩、ムール貝の味噌汁が出てきた。
味噌汁に入れると、あさりと、ほとんど変わらん。けっこう美味しかった。

そのおかあさまの消息が、今日までつかめていなかったのだけど、ご近所の方に、高台に避難させて頂いてたようで、生きておられたようだ。よかった。
やはり、家は津波の被害を受けて、何もかも無くなってしまったようなのだが。
(最初、「無事だった」って書いたのだけど、こういうのを、あまり「無事」とは言わないな、ということで、書き直しました。けど、「生きてた」というのも、ぶしつけな感じではあるのだけど。でも、こんな時、他にどう表現していいのか、わかんないよ。彼女は、家も伴侶の位牌も思い出の品も、なにもかも、失っちゃってるのだから)

私のいとこの一人は、現在、自衛官になってる。で、職場結婚で、旦那様も自衛官。
実は、もう何年も合ってなくて、まだちっちゃい女の子だったころのイメージしか無いのだけど。

今回の災害では、被災地をヘリで調査したり、被災者支援に当たっているということ。

・・・無事に帰ってきて欲しい。

私自身も、エンジニアとしてかけだしの頃、自衛隊の仕事をしていたことがあって、一時期、市ヶ谷駐屯地に毎日通っていた。

ほんと、当時はまだ、あまりに未熟者だったんで、ご期待にそえるような仕事なんて出来ず、責任者の自衛官の方に「正直言って、失望した」とか言われてしまった私。
今でも、あの申し訳なく、情けない気持ちは、忘れてませんし、その後の私の仕事に対する向き合い方にも、大きく影響してると思います。

あの頃お世話になった方々も・・・もう20年もたってるから、今も現役でおられる方は少ないとは思うけど・・・でも、予備役も招集されてるからなぁ・・・・やっぱり、被災地で、懸命に救助にあたっておられる方々も、少なからず、おられるだろう。

・・・みんな、本当に無事に帰ってきて欲しい。

ほんとに、こういう時の「無事」って、現時点で、みんなすでに、かなり「無事」ではないわけなんだけど。危険な地域に率先して入らなければならないし、危機に最前線で立ち向かわなければならない。命がけの状態の筈だから。

・・・こんな時に、ややこしいことを言ってても仕方がない。

みんな、本当に無事で帰ってきて欲しい。

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