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2011年4月

2011年4月22日 (金)

こういう規制を撤廃しないといけないわけで。

実はうちも、エネファームの導入をちょっと前に考えてたもので、調べてる過程でこの件に行き当たってた。

リンク: 問い合わせ殺到! 自家発電ブームで「東京ガス」が招いた “大チョンボ” - 速報:@niftyニュース.

この記事の大チョンボという書き方は、東京ガスに対して失礼だと思うが。

ようするに、電力を電力会社に独占させるため、他の方法での家庭用自家発電等に対して、「停電したら、自律的に動作してはいけない」というような、この記事でも紹介されてるようなアホな規制があるわけなのだ。

これは、どうも太陽光発電等でも同じみたい。

こんな規制は、どんどん撤廃してかないといけない。

民主党が政権持ってるうちに、やっといて欲しいものだ。
利権まみれ、族議員だらけの自民党には、出来そうもないから。

民主党をかばう気は全くないけど、そもそも現在の原発問題だって、元はといえば、自民党政治の負の遺産なわけなので、自民党はろくでもない政党であることに変わりはないと今でも思ってる。

役立たずと穀潰ししか政党の選択肢が無いというのが本当に困った所だ。

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2011年4月20日 (水)

しかし、民主党はダメダメだし、自民党は、そもそもの元凶なわけで

どこの政党がどうのという議論が空しく感じる今日この頃。

明日は、いつまであるのだろうかね。

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2011年4月14日 (木)

ケーブル作成

先日導入した、AlesisのM1 Active 320USBなのだけど、なんとなーく、左チャンネルが、右チャンネルに比べて解像度が悪い気がしてきた。

この子、右のスピーカーにアンプやコントロールが内蔵されてて、そっから左チャンネルにケーブルでアンプ出力を送るタイプの構造になってる。

・・・・このケーブルが、見るからに安っちいので、このせいかな・・・・。

Img_1511

と、いうわけで、MOGAMI 2549で、ケーブル作成準備中。

 

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2011年4月13日 (水)

鶏肉のカシューナッツ炒め

Web

たまに、無性に食べたくなる好物の一つ。 それにしても・・・大ドンブリ一杯は、少々作り過ぎたかなw。

あと・・・若干薄味になってしまった・・・。残念。

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2011年4月12日 (火)

政治的な問題には触れない方がスマート?

そういう感覚は、確かに私にもある。

実際、政治的な話題は、本来、ここでも避けてたわけだし。
私自身、音楽をやってる中で、すくなくとも自分が関わる音楽に政治的な要素が入るのは、むしろ嫌っているし。

ただ、現在の状況では、「政治的な話しなんて堅苦しいもんは置いといて」なんてことを言ってる場合ではない気がしている。

表現に多少なりとも関わる人間として、表現の自由が平気で蝕まれつつある状況で、何も言わないわけにはいかないのではないか?

声を上げていかないと、本当におかしなことになっていきそうな危機感を感じている。

堅苦しい話は置いておいて、気楽に音楽の話だけ、という気分には、とてもなれないのだ。

それを音楽でやる気は無いし、そういう問題ではないと思うけど、表現に関わるんなら、少なくとも、「表現の自由」だけは、なんとしても守りましょうよ。

そのためには、きちんと言うべきことは言ってかないし、警鐘は鳴らし続けなければならないのではないかと思ってます。

分野は異なれど、「表現物」に、官憲による検閲が入るようなことが、平気でまかり通るような状況が、今、現実に始まってるんですから。

草の根レベルから、問題意識を持たないと、本当にどうしようもないことになります。
何せ、有権者の60%近くが「選ばなかった」ことによって、あんなファシストが再選してしまうような状況なんですから。
(わたしゃ、残念ながら都民ではないんですが、東京都の知事ってのは、他の自治体にとっても影響力デカイので、ああいうのが再選しちまうって、ほんとに迷惑なんですよ)

たかがインディーズ音楽界の、しかも裏方みたいなものの私に影響力なんて皆無ですが、とりあえず目の前の数人にでも、言っておかなければならんと思うことは、これからも言ってくつもりです。

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ALESIS M1 Active 320 USBを買ってみた。

先日の地震以降、少々事情があって、メインの製作環境が使えてない。
で、サブの作業環境で色々やってるのだけど、コンパクトなモニタースピーカーが欲しくて、色々と物色していた。

そうしたら、丁度、以前から気になっていた、ALESISのM1 Active 320 USBが、生産終了ということで特価販売していたので、買ってみた。


結果は、大当たりですな。
これ、私的には丁度良いです。

M1active320

スペースの関係で、最近流行のFostex PM0.4とかでも大きすぎて、これの横幅がギリギリ限界のサイズ(幅12.7cm)だったのだけど、コンパクトモニターとしては、実に良い。

上から下まで、過不足なく、丁度良く、まんべんなく出る感じ。

低音も、このサイズとしては、けっこうしっかりと出るし、ニアフィールドモニターとして設計されてるだけあって、輪郭もわりとカチッとしてて、モニターしやすい。
今日一日、色んな音楽を流して聴いてた感じでは、さほど変なクセも無いかな。

中域のあたりに、ややムラがあるような気もするけど、それはそれ、このサイズのモニターとしては、頑張ってる方なのではないかと。
どっちみち、こういうモニターは、これだけで最終ミックス決めるようなものではないわけで、全体像が把握しやすいというので、十分なんではないだろか。

バスレフポートが背面というのが、セッティング上、制御しづらいかな、と、気になってたのだけど、設置環境との相性もあるのか、全然気にならない。

今まで使ってたBOSE M3は、低音部を処理して、「あるように錯覚させる」ような動作をする(丁度、MAXX BASSをかけたみたいな感じ)ので、ベースやベードラの「音色」が大きく変化してしまうので、モニターとしては全く使い物にならなかったのだけど、これは普通に無理なく再生してくれる。
BOSE M3、デザインや大きさは、理想的なんだけどね・・・・。

うん、サブモニターとしては、十分じゃないかな、これ。
普通に音楽聴いてても、バランスが良いので、気持ちよく聴けるし。(一般的なリファレンス用としてどうかは、知らん。私は普段からスタジオモニター系の音しか聴いてないもので)

とりあえず、けっこう、気に入った。

私は普通にオーディオI/Oからアナログで接続して、単なるパワードモニターとして使ってるけど、これ自体、USBオーディオI/Oなので、オーディオI/O持ってない方には、2度美味しい・・・・かもしれない。OSの標準ドライバで動作する、というのも、ポイント高いんではないかな。・・・私はUSBでは試してないので、DAとしてどうかは、わかんないんですけどね。

そうそう、電源内蔵なので、ACアダプタじゃない、というのも、ポイント高い。
ACアダプタ、どうしても邪魔なんでねぇ。

ちなみに、生産終了となってるけど・・・・。
AKAIの製品としてリニューアルするだけなんだよね。

そういう意味でも、\9,800-というのは、けっこうお買い得なんではないかと。
私が買った店では、すでに売り切れてたので、買うなら急いだ方が良いと思います。

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2011年4月11日 (月)

コンピュータ監視法案を、震災のドサクサの中で閣議決定?

------- 2011/04/12追記-------
うーん、これはちと、デマにひっかかったのかな?
今、実際の法案全文を入手して、読んでるんだが・・・・。
何なんだ、相変わらずの、この迷路みたいな文書。
要点を、専門家以外がわからないように暗号化してるとしか思えん・・・。というか、自然言語じゃないな、これ。・・・アセンブラ?
----------------------------

こんな記事が出ていたのだけど・・・・。

菅政権ネット規制強化 国民をもっと信用すべきと専門家指摘

どさくさにまぎれて、何やってやがるんだ、こいつら。
これが本当なら、本当にひどいことになる。

私は以前から、この国は、自由主義のフリをした官僚制社会主義国だと思ってる。
実際、中国やロシアから、「実に理想的な社会主義を実現している」と評価されてるらしいし。

しかし、こんな法律がまかり通るようになったら、本気で北朝鮮並みだ。

こいつらから、絶対に眼を離してはならない。
油断してると、某都知事と結託して、監視・規制・検閲だらけの社会になっちまうぞ、本気で。

ほんとに、冗談にもならない。

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どっかの国の都知事選挙

なんか、どっかの国の都知事選挙で、目を疑うような信じられない結果が出た。

投票率は42.83%だったそうな・・・。
どういうことなのだろう。

考えられること。

  • 有権者の半数以上は、現都知事の工作員によって、どこかに拉致されてた
  • 有権者の半数以上は、現都知事の工作員によって、睡眠薬を盛られていた
  • 現都知事の工作員によって、都合の悪い票が、実は大量に処分された
  • この国の首都の有権者の半数以上は、実は死んでいるのだが、年金目当てで隠匿されている。
  • この国の首都の有権者の半数以上は、引き籠もりで部屋から出られない。
  • この国の首都の有権者の半数以上は、○○○○だった。
  • この国の首都の有権者の半数以上は、▲▲▲▲▲▲▲▲だった。

Twitterで見かけた、今の状況を見事に表した名言。
「誤った為政者は、投票に行かない善良な市民によって選出される」(J・ネーサン)

名言なんだけど・・・・J・ネーサンって、誰なんだろう?

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2011年4月 6日 (水)

これはゾンビですか? いいえ、迷子の地縛霊です。

そうか、全然気がついてなかったけど、わたしゃ、実は既に死んでたんだな、きっと。

どうりで、一部の友人にしか、連絡が取れないわけだ。

彼らはきっと、霊感が強い人たちだったんだな。

それ以外の人は、きっと、死んだ筈の人間からメールが来たんで、さぞ驚いたことだろう。
どうりで、返事も連絡も、無いと思った。
ほんと、脅かして、すまんかった。

しかし、いつ死んだんだろう・・・・。

ああ、きっと、地震の時に、落下したシンセの下敷きになったか何か、したんだろうな。

それか、崩れた本に埋まったか。

まぁ、いいか。どうせ、30過ぎてから、もう余生だと思ってたし。

とりあえず、成仏出来るように、努力しよう。

・・・成仏って、努力で何とかなるもんなのか?

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2011年4月 1日 (金)

年代による変化

昨日、Renさんと話してる時に教わった、世阿弥の「風姿花伝」のページ。

■現代語訳『風姿花伝』~表現哲学詩人谷口江里也翻訳_バックナンバー

自分の経験に照らしてみても、とても参考になる。
時代や職業に関わらず、このあたりは今も昔も変わらないものなのだな。きっと。

私が感じた年代別の感覚を参考までに・・・。

  • 【~20代】
    この頃は、経験というものが少ないので、何をやっても実験だ。
    経験を蓄積すべき年代なので、無理をしてでも、より広く何でも経験をしておくべき。
    頼まれたことは、全てやるべき。それにより、道が開ける。

    ここでやっておいたことが、後の活動の基礎となるし、ここで経験した範囲が、後の活動範囲の境界となりやすい。基礎作り、基礎固めの時代。

    どういう人間になりたいか、のビジョンが固まってくる時期でもある。
    このあたりまでは大体、その人が「成ろうとしている自分、在ろうとしている自分」が優先出来る余裕があるので、その人の本当の性格や器というのが、実は見えにくい。
  • 【30代】
    社会的に、実動力として必要とされる年代なので、一番忙しくなってくる時代。
    あれこれ実験している余裕は少なくなってくる。

    身についた力の「質」が求められるようになってくるし、「質」を高めていくために学び、行動する時期でもある。
    同時に、これまでやってきたことに、ある程度「結果」を出すことが求めらてゆく。

    ここでやっておくこと、やれることが、ここから後にやっていくこと、やれることの中心となっていくだろう。
    また、独力で何かをするだけでなく、後々に成してゆくことのための状況や人脈、システムを築くことも考えておいた方が良い。
    必要なのは、力を蓄え、技を磨くこと。そのためには、いかなる無理や困難、苦労も、避けずに勝負した方がよい。

    余裕が無くなってくるので、理想が剥がれて、その人の本当の人格、器というものが、見えはじめてくる。
    逆に、ここで、どこまで意地を張って理想を保てるかで、その後に維持可能な「理想」が決まるとも言える。
    良い所が削られがち、悪い所が増えたり強くなったりしてくる。
    本当の意味で、その人の人格が決まってくる時期。
  • 【40代】
    気力はまだしも、体力が落ちてくる時期。
    ここまでで身につけた「技術」と「環境」だけが資本、それらを「熟成」し、「成果」を見せてゆくことが求められる。

    30代までは、評価されたらラッキーで済むが、ここからは、やってきたことなりの評価がえられなければ、終わりに一歩近づくのみ。
    ここからは、基本的に消耗戦。放置したり、惰性で事にあたったりすれば、緩やかに落下し、これまで築いたものを喪失してゆくだけ。

    自分自身だけでなく、環境的にも大きく変化し、これまで出来たこと、支えてくれた人々など、いろいろなものが、時間とともに失われてゆく。
    その中で、どうやって欠けた要素を補い、変化に対応し、自分の居場所を維持してゆくかが大きな課題となる。

    求められることの質も変化し、成果を出すチャンスも減少する。
    惰性で事を行うくらいなら、やらない方がマシ。
    求められることの変化、自分の置かれた環境の変化に気づかないことが、なにより無様で無残である。

    もう余裕なんて無いので、ここまでに築き、育むことが出来た、本当の人格だけが残る。
    身につかなかった部分は剥がれ、大体の場合、その人の「悪い所」が強調されてくる。
    改善を期待しても、おそらく無駄なので、悪しからずW。

私の経験では、こんな感じ。
ここから先は、私には、まだわからない。

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