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2011年6月 5日 (日)

いわゆる「何とか道」というやつ。

近現代の日本で、ちょっと間違ってるんでないかなぁ、と思うのが、「道」に関する感覚のようなもの。
武道、茶道、華道、仏道、どれも、道。
現在の「道」は、どうも、どの分野でも、先人の技術を保存する、「保存会」のイメージがある。
先人の道を辿るのが、「道」という感じ。
どれも本当は、新たに「道」を切り開くことが目的だったものだと思うのだが。

仏道だって、私は個人的に仏教は哲学であって宗教ではないと思っているので、多分、同様ではないか。宗教は必ず思考停止を要求するが、哲学では思考停止なんぞ問題外。自分の頭で考えろ、という分野であり、本来の仏教は、間違い無く、それを「教え」として内包している。

なんとか道というのは、先人の切り開いた道を辿る学問ではなく、先人の道の「切り開き方」を学び、それを元に自分で道を切り開くことを学ぶことに、本当は意義があるんではないか。

そうそう。今時は「マニア」=「おたく」と同義語のように扱われてるけど、私は、「おたく」は、情報を蓄えること「そのものが目的」の人々で、「マニア」は、先人の道の切り開き方を「無駄なくらい学びすぎちゃってる」人、な気がする。

自分の専門分野に関して「必要以上に情報を蓄えすぎちゃった」人、いわゆる「マニアック」な専門馬鹿な人、は、おたく、とは違って、自分の専門分野に対する偏愛による情報過多であり、で、そこから何かを導き出そうとする目的意識が、元々の原動力となっている気がする。

その目的意識の有無が、単に収集した情報とイメージの中に埋まる快感そのものが目的である「おたく」とは区別されるべきものではないか、と思う。

「おたく」の「おたく」たる特徴は、あつめた知識、情報、アイテムそのものの価値、力によって、人と自分を差別化し、人を見下すことに快感を覚える、ということにある。
なので、「おたく」は、必ず原理主義であり、価値判断は、つねに何らかの外在する権威に依存する。

マニアは、取り込んだ知識から、自分なりに価値を見出そうという意志があるんではないかと。そういう違いがある気がする・・・・のだけど、まぁ、私の単なる個人的な定義なのかもしれないな。

で、まぁ、そういう意味で、今、誤解されてる「道」のあり方を一言で言うならば、「おたく」的なのだと思う。

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