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2012年2月10日 (金)

とある呪術師の覚え書きより抜粋

薬とは、人の病を癒し、人に健康を取り戻させるものである。
が、用法を誤ったり、過度に使ったりすれば、かえって人の病を重くし、災いをもたらすこともある。

毒とは、人の健康を害し、人に災いを為すものである。
しかし、薄め、少量を使うことで、人の病を癒し、薬となるものもある。

薬と毒は表裏一体、使い方次第で、人を癒すし、害も為す。
薬効というものは、本来的に善でも悪でもない。
ただ、作用があり、それが人にとって、たまたま利益になったり不利益になったりするだけのこと。

力というものは、作用と反作用で出来ている。
何かに力を加えれば、反対に向かう力というものが、必ず存在する。
物理学の基本であり、錬金術で言う所の「等価交換」である。

人の思念というものも、他の人に作用し、何らかの力を及ぼすことがある。
他の人に触れずに、人に作用をもたらす強い思念を、「呪」と言う。
呪い(まじない)とも読むが、呪は、「まじく」とも読むそうだ。

西洋で言う所のmagicとも関連する。
magicは、魔術や手品と訳されるが、本来は「呪術」のことを指す。

呪術もまた、その行為と結果は作用と反作用の理(ことわり)の内にある。
その目的が「善意」であろうと「害意」であろうと、それそのものは、単なる作用でしかない。
そして、それに対する反作用があり、これもまた、善悪の別、人にとっての都合の善し悪しに関わらない「力」である。

人に強い作用を及ぼす力を持つものに、「美」というものがある。
人が生み出す「美」には、色々な種類があるが、これらもまた、「呪」である。
人に作用するほどの「美」には、作者の思念が宿る。
作品にそれほどの強い思念を込めれば、これもまた、作用と反作用の理が働く。

それを観賞するものにも、生み出したものにも、それぞれ強い作用を及ぼす。
美もまた、人を癒し、救うこともあれば、人の健康を害し、狂わせるものでもある。

良き思念も、受け手次第で毒になり、悪しき思念も、受け手により善に成る。
力そのものには、本来的に善悪は宿らない。受け手に作用して始めて、意味が生ずる。

己が作り出したものに、ひとに作用するほどの思念を宿らせ、「呪」と成らしめることを、「術」という。
生み出したものが、身から離しても尚、人に作用するほどの力を扱うのであるから、当然、術者は強い力の作用を受けなければならない。
その力に耐え、作り出したものに強い力を宿らせる為には、術の高さが求められる。
術者は、「創ろうとする力」と、「生み出された力」の両者に耐えなければならない。
術が拙ければ、力は、己がだけに作用し、術者の身を損ねるだろう。

「呪」を為さんとする者は、このことを肝に銘じ、常に心して術を磨き、為さなければならない。

注)抜粋とか書いてるけど、引用とかではなくて、一応私が書いたオリジナル作です。念のため。

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